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『大人のためのドラえもん』批判

ヤフーの広告などで、「大人もドラえもんを楽しもう!」だの「ドラえもん検定」だのといったものをたまに目にする。単純に言って、なんかイヤな感じである。ドラえもんのファースト世代が30〜40代前半なので、ちょうどその子供達がドラえもんに夢中になる時期と一致するのかもしれない。だから「懐古主義も含めて、親子で一緒に」ということだろうか。正直言って、余計なお世話である。

私もドラえもんで育ったクチなのだが、子供の頃に本気でドラえもんに夢中になった経験がある者は、大人になったらそっと距離を置くものである。理由は簡単。『ドラえもん』という作品は100%児童向け漫画だからである。内容が幼稚という意味ではない。むしろその逆で、彼の作品が持つ深いテーマや独創性、普遍性、ユーモアといったものが、徹頭徹尾子供を対象にして描かれているため、自然とその視点を尊重したくなるものなのである。だからドラえもんが本気で好きだった子供は、大人になっていちいち立ち入ることを嫌うのである。

もちろんネタ的に扱うのはOKだ。ドラえもん経験は同時代的認識であり、その共有を楽しむことは全く問題ない。「ライオン仮面とくらやみ団」のネタなんか最高に面白いし、“きれいなジャイアン”なんてフレーズ的に神領域である。こういうネタで盛り上がるのはやぶさかでない。ムカつくのは、ドラえもんという存在を自らのアイデンティティと絡めて行動する輩である。大人の癖にドラえもんファンだのとやけに公言し、マスコットアイテムを持ち歩き、ドラえもんのことを「ドラ」などと略して喜ぶような人間のことである。はっきり言って、子供時分にマトモなドラえもん経験のある人間は、こんな恥ずかしい行動はしない。

キティちゃんやハム太郎やリラックマみたいな、「愛玩されるために開発されたもの」とドラえもんを同列に扱える人間は、ファンではないとまでは言わないが、程度が低いと私は思う。“漫画作品”としてのドラえもんを大切に思っているのならば、あそこまで壮大な作品を「てめえのイメージ」として持ち歩いたり語ったりできる神経に行き着くわけがないのだ。こう書くと誤解されそうだが、私はドラえもんを神格化しているわけではない。子供の頃にドラえもんファンであったのなら、それは「机の引き出しの隅に仕舞ってあるが、とても大切なもの」という気持ちに必ず行き着くはずだと言いたいだけである。

大人はドラえもんに対して立ち入るべきではない。大人は藤子・F・不二雄氏ならばSF短編を読んで多いに語りなさい。並みの小説なら数冊分くらいのテーマを、十数ページの漫画に詰め込んでいる名作がいくつもある。 ドラえもんは、徹頭徹尾、子供のためのものである。




『ドラえもん』のイメージしかない人にはぜひ読んでもらいたい。
なんか最近の作家と違って、それぞれの短編に漂う職人気質的な完結感が新鮮。

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